「こうた」という言葉が使われるようになったのは、室町時代以降※といわれています。当時唄われた比較的短い流行歌謡をあらわす「小歌」というもので、大がかりな長い歌「大歌」に対しての名称だったようです。
これも「こうた」には違いありませんが、今は「小唄」という場合は一般に「江戸小唄」のことを指します。
小唄は江戸末期にひとつのジャンルとして確立しました。最初の小唄は、二世清元延寿太夫の娘であり、名人と言われたお葉(1840-1901)が16歳のときに作曲した「散るはうき」だと言われています。この頃の小唄は、清元の名人たちが気の合うもの同士お互いに作詞作曲したものを仲間内で披露する、遊び感覚の余技のようなものでした。
浴衣会の様子 区民センターにて
<明治時代> 歌舞伎役者や政府要人、文人、長唄の師匠なども加わって小唄をつくり、楽しむようになりました。またそれが芸妓に広がり、そして一般の人々にも広がっていきました。
<大正時代> 小唄の家元が誕生し、堀派、田村派、蓼派、春日派などの流派が生まれました。
<昭和以降> 昭和に入ると「小唄振り」という小唄に合わせて踊ることも流行しました。第2次大戦後の経済復興期には人々の間で大流行し、現在では100を超える流派がそれぞれの唄を楽しんでいます。
小唄と聞いてもピンと来ない方、他の三味線音楽とどう違うのかよくわからない方も大勢いらっしゃるかと思います。小唄には大きく分けて、こんな特徴があります。
1.曲が短い 小唄の一番の特徴は他の三味線音楽に比べて短いということが挙げられます。どの曲も大体2〜3分前後のさらっとしたものです。これはもともと小唄の作り手が清元や長唄に長けた師匠たちであったため、それらのエッセンスを短い曲中に凝縮するという形でつくりはじめたことに由来しています。
2.三味線は爪で弾く 名人たちが作るものですから、三味線には、短い中にも大変凝った手(曲調、弾き方)を用いています。また、他の三味線音楽が歌舞伎や浄瑠璃などの伴奏として撥(ばち)を使い、大きな音で弾くのに対し、小唄はお座敷で楽しむものとして爪で弾きました。これを爪弾き(つまびき)といい、小唄だけの特徴です。
3.テンポの良い粋な唄が多い 唄は、その凝った三味線の音の合間にはめ込んで唄います。・・・と、聞くととても難しそうですが、テンポが良く、軽快な曲が多いため、初心者でも案外気軽に楽しむことができます。唄の内容も、日本語の美しさにハッとする曲、江戸の町衆の粋な感覚が楽しめる曲、お芝居や歴史に基づいたドラマチックな曲などたくさんの名曲があり、これらを一通り覚えていくだけでもずいぶんと楽しいものです。また昔からの名曲に加え、現在でも新曲が作られ続けているのも特徴です。
「お伊勢参り」に始まり、「お伊勢参り」に終わる---
小唄のお稽古場でよく耳にする言葉です。「お伊勢参り」はお稽古を始めて最初に習う「手ほどき」の曲です。 習い事というのは奥が深いもので、習い始めの頃はひとつひとつ曲を覚えるだけで楽しくて、それこそ2〜3年はあっという間にたってしまいます。が、曲を覚えて一通り唄えるようになると、今度はこれらの曲を「自分らしく唄いこなしたい」と思うようになってきます。そうした目で見ると、卒業したつもりの「お伊勢参り」でさえ、また新たな曲として甦ってきます。
ほんの2〜3分の曲にも、100人いれば100通りの唄い方があり、同じ曲を前に、名人も初心者もそれぞれの立場で楽しみ、悩み、唄うことができる。これこそが小唄が多くの人に親しまれる理由であり、醍醐味だといえるのではないでしょうか。 生涯かけて楽しめる奥の深い芸事だと存じます。どうぞ、じっくりお楽しみださい。
※「小歌」の発生については平安時代との説もあります。